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「へりくつ漫才」を生み出す和牛の歴史!出会いから今に至るまで

どうも。「ざっきぶろぐ」です。

 

皆さんは和牛という漫才師をご存じでしょうか?

 

「へりくつ漫才」として知られ、後に「伏線回収型漫才」としても観客を唸らせる人気お笑いコンビです。

 

M-1グランプリでは、2016年から2018年にかけて3年連続”準優勝”という史上初の快挙を成し遂げました。ついたあだ名はシルバーコレクター

 

日本語では無冠の帝王という意味です。そんな折り紙付きの実力を持つ漫才師が頂点を極める日はくるのでしょうか。

 

今回の記事では、日本を代表するお笑いコンビ”和牛”の歴史を振り返ります。

 

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YOSHIMOTO official site

 

 

2006年 出会いからの和牛結成

和牛が結成されたのは今から10年以上前の2006年。冬の寒い12月の事です。ボケ担当の水田信二(みずたしんじ)さんが、ツッコミ担当の川西賢志郎 (かわにしけんしろう)さんと初めて出会った瞬間になります。

 

この当時、水田さんは26歳(1980年4月15日生まれ)。川西さんはまだ22歳の時でした。(1984年1月29日生まれ)

 

水田さんはそれまで料理人の道を歩んでいました。調理師免許を取得し、大阪や神戸の和食店、洋食店などで7年間修業したそうです。その腕前は確かでテレビで何度もその料理を披露しています。

 

一方の川西さんは中学高校共にラグビー部に所属し、大学でもラグビーを行っています。残念ながら入学した龍谷(りょうこく)大学経済学部は途中で中退しています。

 

漫才の最後のセリフ「もうええわ」を丁寧に発する芸人としても知られていて、ナレーターのような聴きやすい声が特徴的です。

 

和牛結成のサポートは「バイク川崎バイク」だった。

そんな生い立ちの全く異なる2人ですが、結成は「バイク川崎バイク」の紹介でした。Rー1ぐらんぷり2014で決勝に進出したピン芸人ですが、和牛とは同期に当たります。

 

この当時、吉本興業の養成所NSCに所属していた水田さんと川西さんは別の相方とコンビを組んでいました。

 

お互いコンビを解散し、新しい相方を探している時にバイク川崎バイクの取り持ちによって初めて出会ったわけです。

 

でもこの時、すぐにコンビは組みませんでした。後になって和牛が結成される訳ですが、この時の水田さんの言葉は有名な結成秘話として知られています。

 

M-1グランプリに出場したいと思った時、今まで出会った人を振り返った。その時、一番真面目で素直に話を受け入れていたのが川西だった。

 

水田さんは自分の今までの人生を振り返った時に、一番シックリくる相手を選びました。川西さんは水田さんの細かい所も進んで受け入れたようです。二つ返事で納得し、こうして和牛は生まれました。

 

ちなみに”和牛”というコンビ名は、水田さんがバイトしていたステーキ屋の一番高いコース料理から取られています。

 

2009年 初の単独ライブ

その2年後の2008年には「baseよしもとワラb」でオーディション組から見事昇格を果たし、2009年3月に「ワラbメンバー」に選ばれます。この”baseよしもと(べーすよしもと)”とは、大阪にあるお笑いの劇場の事です。

 

その向かいには喜劇専門の劇場”なんばグランド花月”があります。ちなみに”baseよしもと”は現在は閉館しており、同じ場所にNMB48の劇場ができました。なので今見に行ってもお笑いの劇場はありません。

 

閉館時に在籍していたメンバーは”和牛”の他に、かまいたち、ジャルジャル、銀シャリ、スーパーマラドーナ、天竺鼠などのコンビがいました。今の漫才賞レースでも度々登場する有名コンビばかりですよね。

 

和牛はその勢いのまま、2009年6月に初の単独ライブを開催しました。そしてABCお笑い新人グランプリは決勝戦に進出、M-1グランプリ2019では準決勝に進出します。

 

翌年の2010年にはキングオブコントの準決勝に進出しました。徐々に頭角を現し始めたんです。ただ、この時はまだ「へりくつ漫才」のようなスタイルではありません。

 

過去の動画を見てみると、川西さんがガツガツと話し水田さんが所々でボケる、というような感じです。

 

現在の上質な漫才とは違い、ガツガツさの残ったスタイルになっています。水田さんが屁理屈を並べ立てて川西さんが優しく訂正する漫才が出来上がったのはもう少し後になります。

 

2014年 初の賞レース優勝

2014年。水田さんが34歳、川西さんが30歳の時、”NHK上方漫才コンテスト”で悲願の優勝を果たします。和牛としては賞レースで初の優勝になります。

 

この上方漫才(かみがたまんざい)コンテストは、NHK大阪放送局が主催するコンテストで、若手の漫才師にとってはステータスとされているグランプリです。

 

これまで優勝した芸人を見ると、中田カウス・ボタン、オール阪神・巨人、ますだおかだ、キングコング、フットボールアワー、笑い飯、銀シャリ、かまいたち、ウーマンラッシュアワーなど、そうそうたるメンバーが名を連ねます。

 

いわば芸人として成功するための踏み石のようなコンテストなんです。ちなみに賞レースで和牛が優勝したのはこのコンテストだけ。

 

この時点で、第10回MBS漫才アワード (2012)では準優勝、1年前のNHK上方漫才コンテスト(2013)では準優勝、他に各賞レースで決勝進出を果たしています。

 

これが、和牛が ”シルバーコレクター(無冠の帝王)” と言われている所以です。

 

M-1グランプリで着実に人気に

着実に人気を勝ち取ってきた和牛ですが、2015年からは念願だったM-1グランプリで結果が出始めます。

 

2015 M-1グランプリ 屁理屈すぎる漫才

2015年の決勝では残念ながら最終順位が6位だったものの、鮮烈なへりくつ漫才で笑いを起こしました。この時のネタは「結婚式を飛び出した花嫁」のネタです。

 

会場を飛び出した花嫁が、会場にまた戻るほうが難しいよ、というバリバリのへりくつ漫才でしたね。(笑)この時は”屁理屈”が的を得過ぎて、笑いを越えてしまったのだと思います。

 

2016年 M-1グランプリ 物語漫才で攻める

2016年の決勝では、見事第2位になりました。敗者復活枠からの準優勝です。和牛のとっては悔しいですが、銀メダルを積み重ねる辺りが実に和牛らしいですよね。

 

この時のネタは1本目が「ドライブデート」、2本目が「花火デート」です。この漫才を見た時、大爆笑したのを今でも覚えています。

 

へりくつ漫才から物語形式のコントのような漫才を披露しました。1年間でここまで変わるのかと驚くほどうけていましたね。

 

この年の松本人志さん(審査員)は「優秀。他のネタも全部面白い。」という評価を語っています。和牛はこの時からすでに認知されていて、安定してネタが面白いコンビとして知られていたんです。

 

2017年 M-1グランプリ 伏線回収型ストーリー

2017年にも決勝に進出しています。3度目の正直です。結果は前年に引き続き第2位でした。これで2回連続の準優勝になります。

 

1本目が「ウエディングプランナー」、2本目が「旅館」のネタでした。ここで和牛はまた変化します。屁理屈な物語形式だったネタに、伏線回収が加わりました。

 

伏線回収とは、後で起きる事を予めほのめかすことを指します。でも、この方法は最初に伏線を張るので、前半部分に笑いが起きにくくなる気がするんです。

 

しかし、和牛の凄い所は最初から笑いが起きている所。特に1本目のウエディングプランナーのネタは伏線回収型のお手本のようなネタで個人的に大好きです。

 

2018年 M-1グランプリ 間の取り方は圧巻

2018年のM-1グランプリも決勝に進出しました。優勝大本命と言われていましたが、実際に優勝したのは霜降り明星でした。和牛は「ゾンビ」「オレオレ詐欺」のネタを披露したのですが、結果はまたもや準優勝。中々難しいですね。

 

M-1グランプリにおいて3回連続準優勝は史上初となります。ちなみに審査員の松本人志さんは決勝で3年連続和牛に票を入れています。

 

この年のネタでは、伏線回収型に”間”が加わりました。間を取るのは漫談やコントなどでよく多用されますが、2本目の「オレオレ詐欺」のネタは圧巻でした。

 

息子が、母親の為にオレオレ詐欺の練習をするのですが、所々で2人とも喋らない場面があります。ただ見つめ合うだけでここまで笑いが起きるのはもう恐ろしいです。上質な場の空気を作るのが本当に巧みだと感じます。

 

2019年 現在の和牛

そして2019年。無冠の帝王”和牛”はテレビに引っ張りだこになりました。4月1日からは全国放送初MCのレギュラー番組「断ちごはん~和牛もいただきます~」がスタート。

 

2019年4月3日からは、お昼の情報・バラエティー番組「ヒルナンデス」の水曜レギュラーメンバーとしても出演しています。

 

そして6月18日からは、和牛全国ツアー2019「いま、会いにゆきます ~そして漫才します~」がスタート。

 

ビルの地下1階にあった ”baseよしもと” でステージに立っていた彼らは今、全国ツアーを行えるほど大人気になりました。その人気ぶりにこんなキャッチフレーズを付けるメディアもありました。

 

和牛は「今最もライブチケットの入手が困難な漫才師」である、と。

 

まとめ

いかがだったでしょうか?

 

今回の記事では、お笑いコンビ”和牛”の歴史を振り返ってみました。出会いから今に至るまで色々な試行錯誤がありつつ、この高品質漫才は生み出されてきたんですね。

 

ネタが造り込まれているので、2008年M-1グランプリで噛んで準優勝したオードリーのような突発的な笑いは起きにくいと思います。

 

安定しているが故に爆発的な笑いが起きにくく、2018年は爆笑の渦を作った霜降り明星が優勝しました。

 

しかしそれ以上に「おー」という歓声が起きるのが「和牛」なんです。1つの物語を楽しんだような一体感に包まれます。

 

漫才よりもドラマを見ているかのように情景が頭に浮かぶネタばかりです。

 

もしこの記事で初めて”和牛”を知った方はぜひ調べてみて下さい。上質な完成度の高いネタに驚くと思います。

 

和牛だけに舌がとろけるようなネタです。もちろんネタなので食べれません。(笑)でも、もう一度見たくなるって言うんですか?病みつきになる、そんな漫才です。

 

思わず唸ってしまうというかぜひ優勝してほしいというか。でも優勝してしまうとシルバーコレクターの称号がなくなってしまうので少し寂しい気持ちもあります。無冠の帝王のままでいて欲しいなあとも思いつつも色々考えていたら今日は眠れません。

 

もうええわ。

 

画像出典元

和牛 プロフィール|吉本興業株式会社