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久保建英とはどんな選手?FC東京、レアル移籍にマヨルカまでの物語

こんにちは。『ざっきぶろぐ』です。

 

皆さんは、久保建英(くぼたけふさ)という選手を知っていますか?

 

日本代表にも選ばれた若き才能を持つサッカー選手です。もともとスペインのバルセロナというクラブチームの下部組織でプレーしていて、日本でも度々ニュースで報じられていましたよね。

 

そんな久保建英選手、一体、どんな移籍を経て現在に至るのでしょうか。市場価値も気になります。今回はそんな久保建英選手の歴史を紐解いてみたいと思います。

 

 

久保建英とはどんな選手なのか?

久保建英(くぼ たくふさ)選手は、神奈川県の川崎市出身の2001年6月4日生まれ、現スペイン1部リーグ『マヨルカ』で活躍する日本代表のサッカー選手です。

 

ポジションはミッドフィルダーがメインですが、フォワードを務めることもあります。プレースタイルは、いわゆるシャドーストライカーのような動きを取ることも多いんですが、本人曰くトップ下が理想だと述べています。バス中心のドリブラーというんでしょうか。

 

パスセンスが非常に高く、でもイニエスタのようにスルスルとゴール前まで上がっていくこともできる。ちょっと分かりやすく言うと、以前の日本代表では「シャドーストライカー」と呼ばれる香川真司選手がいましたよね。

 

ゴール前までスルスルとあがれる選手です。そんな香川真司をもう少しパス重視にシフトした感じです。「日本の心臓」とも呼ばれた遠藤保仁をベースに、スルスルとドリブルできる香川真司をアクセントにプラスした、久保建英選手はそんな感じがします。

プロに入る前はバルセロナ下部組織に所属

プロに入る前は、東京都稲城市の坂浜サッカークラブでフットボールを始めました。この時はまだヨーロッパで活躍する姿を想像もしていなかったと思います。その他サッカースクールに小学2年生まで所属していたのですが、2009年。ある転機が訪れます。

 

久保選手が8歳の時、小学校3年生の時です。スペインのヨーロッパ一部リーグの名門バルセロナと試合ができるという話が持ち上がります。こうしたチャンスが小学生に与えられているのは、とても恵まれていますよね。

 

調べてみると「FCバルセロナキャンプ」と呼ばれていて、バルセロナが日本でキャンプを行いMVPに選ばれた選手にチャンスが開かれるというものだそうです。久保選手はこのキャンプで見事MVPを獲得。当時から実力は頭一つ抜きん出ていました。

 

その後、2010年の4月。FCバルセロナスクールの選抜メンバーとしてカップ戦に参加します。ソデクソ・ヨーロピアンカップに出場し、ここでも大会のMVPを獲得することになりました。

 

その功績があったこともあり、また実力も折り紙つきだったので川崎フロンターレの下部組織に入団することになりました。しかし、大会でMVPに獲得した日本の選手をバルセロナが放っておくはずはありません。

 

当然、声が掛かり2011年、バルセロナの下部組織「カンテラ」に入団することが決まりました。まだ9歳の時です。13歳未満の選手はカタルーニャ人以外契約しないというバルセロナ内での規定があったのですが、久保選手は特例で入団することになったんです。

 

でも、若い選手が入団するのには色々難しい問題がつきものなんです。バルセロナの下部組織「カンテラ」出身で有名なのはリオネル・メッシ選手ですよね。この選手も13歳という若さで加入したのですが、会長が中々首を縦に振らず紙ナプキンで仮契約したという話は有名です。(笑)

 

あ、話が逸れてしまいましたね。久保選手はその後、母親と弟と共にスペインへ渡ります。地中海カップU-12トーナメントでは大会の得点王とMVPのW受賞、未来は順風満々でした。

 

しかし国際ルールによって、日本に戻らなければならなくなります。この辺はサッカーの移籍問題で良く取り扱われる部分で青田買いを防ぐ目的もあるとも言われていますがグレーゾーンな部分も多いみたいです。(難しいところですね)

 

FIFAの移籍条項第19条には「国際移籍は18歳以上の選手にのみ許される」と明記があるので、特別な事情がない限り、久保選手は18歳になるまで国際移籍ができない、つまり日本に戻らないといけない、ということになってしまったんです。それで、2015年。FC東京の下部組織に所属することになります。

 

その後、中学3年生の時にFC東京のU-18に飛び級で昇格。日本クラブユースサッカー選手権で得点王に輝きます。これは言い換えるなら高校サッカーのトーナメントで中学生の選手が得点王に輝いたということです。凄いですよね。

FC東京でプロ契約を結ぶ

2017年11月には、FC東京最年少の記録でプロ契約を結びました。その後、サンフレッチェ広島戦でJリーグ初出場、アルビレックス新潟戦でトップチームとしては初の得点を挙げるなど順風満々のプロスタートを切った訳です。

 

でも考えてみると、元々バルセロナのカンテラで育ち、国際ルールに沿って致し方なく帰国したわけですから、日本でのここまでの活躍は何も驚くことではないんですよね。しかし、ここで一つのターニングポイントを迎えます。

 

運動量を求められるようになったFC東京で自らの主戦場で戦えなくなっていた久保選手は自ら、「新しいチャレンジ」がしたいことを告げるんです。やがて横浜F・マリノスへの期限付き移籍が決まり、何とかJ1のレベルで戦いを続けることが出来ました。

 

やがて久保選手は18歳の誕生日を迎えました。もうお気付きかと思います。FIFAが国際ルールで定めた基準「国際移籍は18歳以上の選手にのみ許される」という条項をついに満たしたんですね。さあ、久保選手はどうするか。決断の時が迫られます。

スペインの名門『レアルマドリード』へ

通常であればバルセロナの下部組織にもう一度戻るのがセオリーなのかもしれません。しかしこの時、久保選手にはドイツのバイエルン・ミュンヘン、フランスのパリ・サンジェルマンなどのビッククラブからオファーが届いていました。

 

バルセロナからもオファーは来ていたのですが、すぐにトップチームでは出場できない事、年棒が3,000万(25万ユーロ)と他クラブに比べて安いなどが重なり、結局レアルマドリードへ移籍を果たしたのです。

 

この時の移籍金額ですが、調べてみると5年契約で1億4600万~2億4400万(120万ユーロ~200万ユーロ)と言われています。バルセロナとは契約が桁違いに違いますね。

 

レアル側としては違約金は発生せずフリーで有望株を手にし、しかもライバルのバルセロナから早めに若手を引き抜くことに成功したわけです。

 

面白いのは、この時、久保選手はFC東京との契約を2019年6月4日までとしていたことです。契約延長する機会はありましたし、そうすることもできました。この2019年6月4日。どこか見覚えがありますよね。そうです。

 

久保選手の誕生日が2001年6月4日生まれだという事です。つまり、FC東京に入団した時から18歳になると同時に海外に戻ることを決意していたんですね。たとえ無所属の期間が仮にあったとしても、海外でプレーしたいという強い気持ちを感じることが出来ます。

 

結果的に2019年6月にバルセロナとライバル関係にあるスペインの名門『レアルマドリード』へ移籍しました。レアル側は、移籍後1年間はクラブのBチームでプレーし2年目からはトップチームへの昇格、または別チームへの移籍を保証しているそうです。

RCDマヨルカへ期限付き移籍

さて、話はこれで終わりません。2019年6月にレアルに移籍した久保選手ですが、なんと同年の8月22日。同じスペインのRCDマヨルカへの期限付き移籍が決まったんです。これは私も驚きました。あれ?1年間はレアルのBチームじゃないの?と。

 

しかしレアルの2部Bリーグで戦うのは、自身の成長に繋がらない、そして執拗なマークを受け思うようにプレーできなかったことが重なり、レンタル移籍に至ったようです。しかしレンタル移籍なので、レアル側が見切りをつけたという訳ではないことは確かですよね。

 

どちらかというと、久保選手のレベルが2部リーグの周りの選手よりも上回っていたこと、移籍してきた日本人が格好のマーク相手となったことが要因で、レンタルした方がいいという話が広がっていったとのこと。

 

少し余談ですが、ヨーロッパのクラブチームには「EU外選手枠(外国人枠)」という枠組みが設けられています。レアルマドリードやバルセロナといったスペインのラ・リーガというリーグ戦では、3名迄登録することが出来ます。5年居住すれば市民権が取得できるののですが、久保選手は当然移籍したばかりなので、この外国人枠に入ります。

 

この当時のレアルはすでに「フェデリコ・バルベルデ」「エデル・ミリタン」という選手で埋まっており「ヴィニシウス・ジュニオール」「ロドリゴ」といった選手もいました。レアルのトップチームに出場するには単純な実力だけではなく、こうしたフットボールの規約に準ずる必要があったんです。

 

それで、最終的に本人の意見が尊重されRCDマヨルカ(マジョルカ)へとレンタル移籍することになりました。その後の活躍はご存じの通り。新型コロナウイルスの影響があったここ数試合でも5ゴールに関わる活躍ぶりを見せています。(2020年3月)

まとめ

いかがだったでしょうか?

 

今回の記事では、久保建英選手とはどんな選手なのか、今に至るまでの歴史を振り返ってみました。なるべく分かりやすくまとめてみたつもりですが、久保選手の活躍はまだまだあります。

 

日本代表にも選ばれていますし、数々のスルーパスやゴールも決めています。調べれば調べるほど、『日本のメッシ』と呼ばれる理由が分かってきます。ただ、あまりにも才能があり過ぎてFIFAが定める年齢に満たなくても、結果を出している。ここが久保選手が有望だと言われている理由ですよね。

 

2020年3月時点で、欧州5大リーグの市場価値の高い期限付き移籍選手をまとめたランキングでは、33位にランクインし約20億4,000万(1700万ユーロ)の価値があると言われているんです。市場価格が高騰している久保選手の今後の動向に目が離せません。それでは。